旅の終わりに何を思うのか~目的のない旅展

2016年5月21日。
私が自転車で世界一周を始めるべく、アラスカのアンカレッジに降り立った日だ。
もうあれから4年以上の年月が流れ、27歳の若造だった自分が32歳のおっさんになった事実に、ついため息が出そうになる。

飛行機でアラスカ・アンカレッジに降り立った旅の初日。意外にも落ち着いていた記憶がある。
空港で自転車を組み立て、初めて走る右車線のルールに若干戸惑いつつも、無事に予約していたホステルに到着。
ホステルに荷物を置いてまず訪れたのは、世界一のスーパーマーケット・ウォルマート。銃火器まで取り扱うその品揃えに驚いた。
そこで私がこの旅で初めて買った品物は、熊よけのスプレー。これから先、グリズリーと遭遇した時には、これで死に物狂いで戦わなければならない…

白夜で22時を過ぎてもまだ明るい夏のアラスカに感動しつつ、ついさっき買った熊よけスプレーを片手にホステルに戻った。
世界一周を始める自転車旅行者の多くが、”不安で圧し潰されそうになった”とか、”とんでもない事を始めてしまった”とか、そういう感情が旅の初日に湧いてきたと、ブログや書籍で残している。
私は先ほども述べた様に意外にも落ち着いていて、熊に対する不安はあったものの、旅そのものに対する不安は特に感じなかった。不安もない代わりに、高揚感もなかった。「あぁ、始まったなぁ」くらいのぼんやりした気持ちでいた。
20歳で自転車世界一周を決意した私にとって、この旅は”やりたい事”ではなく、”やらなければ気が済まない事”として出発までの7年間生きてきた訳で、こうしてアラスカの地に降り立つ事はいわば当たり前の事、ただの初日である…。と捉えていたんだろうな、と今振り返ってみて思う。

淡々と始まった自転車世界一周だったが、道中は魂が揺さぶられる出来事の連続だった。
雄大な自然を持つ北米。危険な空気が漂う中米。私を虜にしたアンデス山脈擁する南米。
毎日違う土地を自らの足で進み、毎日違う寝床で体を休め、国境を越えた途端にガラッと全てが変わることを肌で感じる自転車旅行は実に刺激的な日々だった。
そんな刺激的な毎日を送っていると、朝起きてその日の事に集中するため、長期的な思考が介在する余地がない。数年後になる予定のゴールなんて、遥か未来のことでありあまり考えた事もなかった。

旅の終わらせ方について考え始めたのは、南米と北欧を走り終え、一時帰国している頃からだ。
世界五大陸の二大陸を走り切った事と、旅に慣れた事により刺激が薄れた事で、先々の事への思考が向くようになった。
当初の予定だと、アラスカを起点に東回りで、最後はユーラシア大陸を東へと横断して日本に帰るつもりだった。
しかし改めて旅の終わらせ方を考えた時に、日本をゴール設定すると、それは途中から旅ではなくて帰り道になってしまうのでは?と疑問を持つようになった。
帰り道になってしまった旅は、義務感や寂しさを感じながら走る物になってしまうのでは…そう思ったのである。

大袈裟かもしれないが、この旅は私の人生でも最も大きな決意をもって始めたことだ。そんな旅のフィナーレは、大きな達成感をもって迎えたい。
どこが相応しいかを考えた時に、アフリカの喜望峰が思い浮かんだ。私にとって未知の大陸、アフリカ。ある意味日本から最も縁の遠い地の最果ては、まさにゴールに相応しい。
中国からポルトガルのロカ岬までユーラシアを横断し、そこからモロッコに入国してアフリカ大陸を南下縦断し、喜望峰でこの長い旅を終わらせるべく、再出発したのだった。

ゴールが決まれば、後は走り切るだけである。
しかしユーラシア大陸を横断しながら、私はまた別の事に不安を感じる様になっていた。

いざ喜望峰にゴールした時、私は何を感じるのだろうか…

恐らく達成感は感じるだろう。しかしそれは、これまでの旅程で感じたものを上回るものだろうか?アンデス山脈やパミールの厳しい山岳地帯を走り切った時よりも?
私は喜望峰に到着して、果たして満足するのだろうか?「はい、これでゴール!旅終わり!」そう割り切れるのだろうか?
私は喜望峰に到着して、喜びを感じるのか、はたまた寂しさを感じるのだろうか?
毎日100キロずつ自転車を漕いで少しずつ喜望峰に近づく中で、この不安は私の頭の少し上辺りでまるで暗雲の様に付き纏い、ふとした時に思い出すようになっていた。

そんな中で走っている折、新型コロナウィルスがの流行が始まった。
私が初めてコロナの存在を知ったのは、確かトルコにいる辺りでネットニュースで見た時だったように思う。時期的に2020年の1月頃だっただろうか、まだ中国の一部地域での話だったはずだ。
2月に入ると、日本に停泊中のクルーズ船で集団感染が発生し、日本のメディアもコロナについて大きく扱い始めた。その頃私はギリシャからイタリア南部に入った辺りで、まだまだヨーロッパでは遠い国々での出来事という感じで、あまり関心は寄せられていなかった。
それが2月も中旬になるとイタリア北部の都市圏でパンデミックが発生、そこからヨーロッパ全域に拡散された速度は恐るべきもので、当時その場にいた私自身が肌で感じ取っていた。
3月中旬にヨーロッパ各国はロックダウンに踏み切り、とてもじゃないが自転車旅行など継続できる状況ではなくなり、私がすぐさま日本へ帰国したのは、既に記事にした通りである。

一時帰国を余儀なくされたのは、ユーラシア大陸横断のゴール地点となるポルトガルのロカ岬まで残り600キロ程の地点だった。
順調にいけば、そこから1か月後には旅の最終ステージ・アフリカ大陸へと上陸していたはずであり、更に順調であれば、1年後には喜望峰に到着、私の旅は無事終わりを迎えていただろう。
実際には、私自身では一切どうしようもできない世界的な事態によって、4年以上に及んだ旅はゴールに到達することなく、あっけなく終わりを迎えたのだった。

帰国してすぐの数か月は、正直言ってホッとしたというかスッキリしたというか、そういう感情だった。
コロナによるパンデミックが始まってから、ヨーロッパにおけるアジア人差別が表面化し、私自身スペインで何度も差別に晒され、旅を継続することに対して心がぽっきりと折れていた。日本でもコロナからは逃げられないけれど、差別を受けることはないという安心感から、心底ホッとしたのだ。

そして実際、一時帰国の決断を即下したのは正しかった。当初私は3ヶ月くらいで事態は終息するかと楽観していたが、今になっても全くその兆しすらない。
早めに帰国して非正規ながら仕事を得て、家族の側で生活ができているのは、今の状況下では何物にも代えがたい安心感がある。

日本での生活にもすっかり馴染んできた頃。
長野で世界を旅してきた自転車旅行者達による、写真展が開かれるというのを知った。
日本人で世界一周自転車旅行における最長距離記録を持つ小口良平さんが発起人となり、13人のサイクリストが集まり写真と文章を展示するということだった。
これまで数多くの日本人が自転車で世界一周を成し遂げてきたが、ここまで大規模な写真展が開かれるというのは、私の一生では今後ないかもしれない。

この機会を逃すまいと、写真展が閉幕する2日前に一人車を飛ばし、長野までやってきた。

展示スペースには、それぞれ13人のサイクリストが厳選した写真が4枚ほどずつ並び、それぞれがその写真を撮った瞬間に感じた想いやエピソードを綴っている。
写真はどれも素晴らしく、中には思わずグッとくる文章もあった。
しかし正直に言うと、私は展示を眺めている間のほとんどを、私自身の旅を思い返していた。
彼らが写した写真はサイクリストらしく、道にフォーカスを当てた写真が多かった。私自身が走った道も多かった。
それらの写真の轍の上に私は自分自身の姿を投影し、私自身がその時に感じた事、例えば達成感や、全てを投げ出したくなるくらいの疲労感、鼻の穴にこびりついてとれない砂埃の臭い、出会った人に親切を受けた喜びなどを思い出していた。
日本での普通の生活に戻ってすっかり旅の垢が落ち、もう自転車で世界を走ってきた事が遠い記憶の彼方になっていた私だが、ぞくぞくと込み上げてくる旅への渇望が涙という形になって頬を伝い、しばらく止める事ができなかった。

午後からは、13人のサイクリストの中の2名、米山さんと八島君によるトークショーがあり、それも観覧させてもらった。
お二人とも写真を交え、旅のエピソードを披露して下さった。軽い冗談も交えた軽やかなトークで、とても雰囲気の良いトークショーだった。
その終わり、質疑応答の時間があり、私は米山さんに質問を投げかけてみた。

「自転車で世界を走り、ゴールに到着した瞬間、何を感じましたか?達成感ですか?旅が終わった事への寂しさですか?それともこんなもんか、というあっさりした感情ですか?」
これがここ数年間、私がずっと感じていた疑問である事は既に述べた通りである。
そしてこの質問は、実際に世界を走り切ったサイクリストにしか答えられない物であり、私がこの目的のない旅展に足を運んだ一番の理由は、この疑問に答えを求めたからなのかもしれない。

米山さんは少し考えた後、こう答えた。
「ゴールした瞬間、ちょっと達成感はあった。寂しさも少しあった。でも、自分が決めたゴールに到着した事は、それ以上でもそれ以下の何物でもない。旅を振り返って色々考える様になったのは、終わってからしばらく経ってからかな。」
答えになってるのかな、と米山さんは少し困っている様だったが、私はここ数年もやっとした物が少し晴れた気がした。

「旅に出たいから、旅に出る。目的なんて、なくたっていい。」
これは、この目的のない旅展のホームページに掲げられている、この展示会のコンセプトである。

私はまだ旅を終えていない。
まだ終わりたくない。そう思えている内は、私はまだ世界を走りたい。

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