「無い」ものを見に〜Qo’ng’irot北26kmまで

Nukus~ Qo’ng’irot北26km
10/9 (1063days)

ただでさえ重たくなりがちな、長期旅行者の自転車。
満載の食料と水を積んだ我が愛車は、普段とは比較にならない程のズシリとした重みを、踏み込んだペダル越しに、私の両足に感じさせる。

これからウズベキスタンを抜け、更にカザフスタンを出国するフェリーが出港する港まで、1,000キロにも及ぶ砂漠地帯を走破しなければならない。
まずはそのちょうど中間に位置するベイネウという町までの500キロ、順調にいけば5日間だろうか、一日三食分の食料を抱えているのだから、ここまで重くなるのも仕方がない。

いや、重みを感じるのは両足だけではない。
腰や肩、そして手首にも、普段は感じない重みがのし掛かってくる。
超重量級となった自転車のバランスを保つために、無意識のうちに体全体の筋肉が強張っているのだろう。

砂漠地帯へ向けての第一歩、ヌクスを抜ける走り出しは、重みにフラフラと揺れる頼りないものとなった。

砂漠地帯とはいっても、ヌクスからしばらくは川や植物は見ることができる。
しかしすっかり秋となった今、植物は緑から赤や黄へと色の模様替えを済ませており、寂しさを感じさせる風景が続く。

すすきが道路脇に生えている事が多く、その側を通り過ぎる時は
それらが風に靡くサァーっという音が耳に届き、とても心地が良い。

追い風を受けて順調に進むが、やはりチャイハネ(カフェやレストランを指す)や商店は無く、54キロ走ってようやく見つけたチャイハネも潰れてしまっているようだ。

潰れたチャイハネの軒下に腰を下ろし、自前で昼食を拵える。
クリープと砂糖に水を加え、それにコーンフレークとナッツを混ぜた物を食べる。
ナンはどうしても嵩が大きくて持ち運びに不便だし、長期間の保存には向かない。
コーンフレークだと、長期保存にも向いているから良いアイディアだ。
しかしいかんせん、腹が膨れない。これはひもじい毎日になりそうだ…

昼食後も追い風を受けてガンガン進む。
まだ15時過ぎという早い時間に、ヌクスから104キロも走ってQo’ng’irotという集落の入り口に到着した。

Qo’ng’irotを避けるようにメイン道路は延びており、そのまま走ればカザフスタンとの国境になる。

カザフスタンを素直に目指すならQo’ng’irotに入る必要はないのだが、私はこの集落に入るローカル道路へと進んだ。
集落に入ればその先に分岐があり、北へと向かうルートがある。
その北上ルートを100キロ走ったところに、私が訪れたい場所がある。いや、正確にはもう「無い」のだが…

読者の方は、アラル海をご存知だろうか。
名称は海ではあるが実際には塩湖であり、その形成されたのは1〜2万年前とも200万年以上前とも言われている。

かつては広大な面積を誇り、その地に莫大な漁獲量をもたらしていたアラル海はしかし、1940年代にソビエト連邦によって進められた綿花栽培のための大規模な灌漑によって、その姿を一変させる。
無計画な灌漑計画はこの広大な塩湖の水を急速に奪い、一晩で数十メートルも沿岸線が遠のいたという。
余りの速さに逃げ遅れた漁船は、その場に打ち捨てらることとなった。

かつての湖底は、今や広大な砂漠として広がり、その地は「船の墓場」と呼ばれ、傲慢な人間の所業を恨む様に、今も無数の座礁船がそこに残されている。

無茶な計画によって引き起こされた自然に対する冒涜は、人々の生活にも大きな影響を及ぼした。
この地に住む人々は漁業という生業を奪われたばかりでなく、有害物質や多量の塩分を含んだ砂を巻き上げた風を浴び、甚大な健康被害を受けた。
人間によって起こされたアラル海消失の事実は、反省の意味を込めてか「20世紀最大の環境破壊」と言われている。

Qo’ng’irotから北へ100キロの場所に、Moynaqという集落がある。
ここはかつてアラル海に面した漁村で、これから私が目指す場所でもある。

今から私は、もう「無い」物を見るために、往復200キロの寄り道をするのだ。

Qo’ng’irotは割と大きめの集落で、商店がいくつかある。
そこでクッキーを買い足してから、先へと進む。

集落内ではラクダが闊歩している。
ラクダ飼は同行しておらず、好き勝手に道路を歩いている。
日が沈む前には、誰かお迎えにくるのだろうか。

Qo’ng’irot以降は未舗装路になることを覚悟していたのだが、意外にもアスファルト舗装で、意外にも交通量が多い。

Qo’ng’irotから30キロ走ったところで日没を迎え、道路脇からすぐ広がる砂漠に突っ込み、僅かにある茂みに身を隠して野宿とした。

これまで長く旅行をしてきて、「無い」ものを見に行くのは初めてのことだ。
明日、私は一体何を見るのだろうか。

(走行ルート:Nukus→ Qo’ng’irot)

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