やっぱり当たりました〜Qal’ ai Khumbまで

Khorog~Qal’ai Khumb
9/11~9/13 (1035~1037days)

タジキスタンを走る自転車旅行者は、すべからく体調を崩すー。
これはほぼ定説のようになっており、実際キルギスで出会うタジキスタンから来た自転車旅行者はみな、’タジキスタンで体調を崩したから、気をつけてね’と忠告を与えてきた。

パミールハイウェイとワハーン回廊を走り切った現時点では、未だに体調を崩していない私。
ホログから首都・ドゥシャンベまでは約600キロ。
ドゥシャンベからウズベキスタン国境はルートにもよるが、一日で走り切れる距離。
流石にこれから首都へと向かう道のりが、これまでよりも厳しいものになるとも思えない。
衛生環境も、恐らくマシになってくるだろう。

伊達に4年も走り続けてない。
そこらの軟弱自転車旅行者とは年季が違うってもんよ。

9/11
さて、休養のために5泊もしたホログも、この日でサヨナラ。
佐藤さんも同じ日に出発。
ここから更に西へと走り、最終的にはポルトガルまで向かうのだとか。
ルートは全く同じだけれど、流石にバイクの速さだと私よりも何ヶ月も先行するはずなので、再会はもう難しそうだ。

お互いの安全と良い旅行を誓い、出発する。

ドゥシャンベまでは608キロ。
渓谷の川沿いを進む。
川の向こうはアフガニスタン。

アスファルト舗装されていて走りやすいのだけれど、この渓谷沿いの風景はワハーン回廊と全く変わらない風景で、面白味がない。
結果から言うと、この風景がこの先三日間ずーっと続くことになる。

正直、風景を楽しむためにタジキスタンを走るのなら、ワハーン回廊を走るのではなく、パミールハイウェイの方を走った方が良いかもしれない。
ホログ以降で見える景色は、ワハーン回廊と全く変わらない。

ワハーン回廊で特別なのは風景ではなく、そこに暮らすワハーン人の生活を見られることだ。
あそこだけ、明らかにタジキスタンの他の地域と違う民族、文化を持っている事を知る事ができる。

顔全体をスカーフ(黒いヒジャブではなく、カラフルな手拭いだった)で隠す程敬虔なムスリムの女性を見たのは、私が訪れたイスラム圏の国では後にも先にもワハーン回廊だけだった。

20キロくらい走ってカフェがあったのだけれど、そこまでお腹も減っていなかったのでスルーしたのだが、以降一切集落も商店も現れなくなってしまった。

ホログ以降は食事に困る事はないだろうと、一切昼食の用意をしていない。
時間が経つにつれ、徐々にお腹が減ってくる。
この日の様に退屈な道を走っていると、楽しみというのは昼食くらいしかないのだが、空腹になっても走り続けないといけないのは大きなストレスだ。

結局、55キロ進んだ14時頃にようやくカフェが見つかった。
マンティ(肉饅頭)とチャイ、ナンとカイマックが付いてきて15ソモニ。
満腹になるくらい食べて160円。

中央アジアは食事が安いし、味付けも日本人に馴染みやすいので有難い。

昼食以降も同じような景色が延々と続く。


ワハーン回廊でもそうだったけれど、この渓谷の道は野宿場所を見つけるのが難しい。
隠れられる場所が少なく、テントを建てられそうな場所には漏れなく民家がある。
結局この日はVamdという集落内で、新築の家を建てている工事現場に、許可を得てテントを張らせてもらった。

9/12
流石にホログで五日間も休養を取ったので、体が鈍ったのか今朝は少し筋肉痛になっている。

この日も景色は全く変わらず、渓谷をひたすらに進んでいく。
刺激が足りない。こんなもんじゃ満たされない。
ワハーン回廊を走り終えた今、これからヨーロッパを目指して走っていくわけだけれど、この先魂を震わされる道はあるのだろうか?

山岳地帯を離れるのが名残惜しい。
早くもパミール・ロスに陥ってしまったようだ。

25キロほど走った11時前、カフェが数軒並ぶ集落に到着。
昨日の反省から、食える時に食っておくことに。

私のロシア語だとイマイチ意志の疎通が図れず、取り敢えず親父の言うことにウンウンと頷いておくと、プロフとサラダ、パンが出てきた。

全て平らげると、親父が’プロフもっと食うか?’ と言ってきた。
サービス良いなぁと思い、お願いしたのだが、しっかりとおかわり分も請求された。

請求は50ソモニであり、530円になる。
タジキスタンでこの値段はちょっとあり得ない高さであり、食い意地を張って失敗の良い例だな。

ただ親父もちょっとやり過ぎたと思ったのか、お土産に桃を袋いっぱいに持たせてくれた。
この桃が甘くてとても美味しい。
ワハーンではリンゴも美味しかったし、寒暖差が激しいから甘さが凝縮されるのだろうか

昼食後もひたすら渓谷。

トラックがすれ違いざまに止まり、親父さんが窓越しにリンゴを手渡してくれた。
今日はフルーツをもらう運気なのかな?

これまではタジキスタン側は緑が豊富で、アフガニスタン側は不毛の荒野という感じだったのだけれど、それが逆転し出した。

やはり緑があるところに人間は集落を築くようで、アフガン側にもある程度の大きさの集落が見られるようになってきた。

夕方になり、急に体が怠くなってきた。
軍のチェックポイントを通過する時にトイレを貸してもらったのだが、下痢。
下半身に力が入らなくなり、急速に悪化していくのがわかる。

悪い事は重なるとはよく言った物で、体調が悪くなってから未舗装路になってしまった。

とてもじゃないが、これ以上走れる様な体調ではない。
ただ僅かながら運気は残っていた様で、そこからすぐに小さな集落が現れた。

カフェがあり、どこかテントを張れる場所はないかと尋ねると、学校の校庭なら大丈夫だよと言ってくれた。
あまりにも私がしんどそうなのを見かねたのか、’カフェで寝ても良いよ’とも言ってくれたのだが、誰かと話す事もしんどいくらいだったので、テントで眠ることに。

テントを張ってからはさらに体調は悪くなり、吐き気も出てきた。
明らかに昼食に食べた何かに当たったな…
プロフか、もしくはカフェでもらった桃だろうか?
桃は湧き水にさらして洗っていたので、その水が汚染されていた可能性もある。

他のサイクリストに漏れなく、私もしっかりとタジキスタンで体調を壊してしまった…
しかもタイミングの悪いことに、休養の取れない様な小さな集落での事であり、無理してでも先へ進むしか選択肢はない。

この日は食事を摂る元気もなく、カフェでグリーンティーをもらい、それに砂糖を入れて飲むのが精一杯。

夜中には吐き気に加えて発熱もし出した。
翌朝に良くなっている事を祈り、寝袋に包まることしかできない。

9/13
明けて翌朝。
頭はまだ重いけれど、どうやら熱は下がってくれたようだ。

ただ朝食を食べるのは怖いので、昨日の残りのグリーンティーと、もらったビスケット数枚を食べるだけにして出発する。

路面は昨日の夕方以降の悪い状態が続き、アップダウンの連続。
体調不良ではかなり厳しい道のり。

11時頃にカフェがあったのだが、そこでも食事は取らずに砂糖入りのグリーンティーだけを注文する。
食あたりの時は、とにかく何も食べずに毒素を出し切るしかない。
これはある程度の高カロリーを必要とする自転車旅行者には、非常に辛い。

持っている魔法瓶にもグリーンティーを入れてもらい、走りながらこまめに飲んでハンガーノック(空腹による運動機能の低下)を防ぎながら進む。

昨日の昼から丸一日以上、何も食事を取らずに走り続けている。
意識が朦朧とする。

夕方以降は猛烈な向かい風が吹き始め、時には自転車ごと横倒しにされそうになる勢いに。
弱目に祟り目、泣きっ面に蜂とは正にこの事。

地獄の様な苦しみの中で進み続け、18時に何とかQal’ ai Khumb(カライクム)に到着。

カライクムはかなり規模の大きい集落で、スーパーマーケットもゲストハウスもある。

夕食朝食込みで10ドルのゲストハウスに投宿。
疲労困憊の走行だったけれど、吐き気も下痢も収まってきていたので、断食によって全部毒素を出し切ることができたのだろう。

ゲストハウスではハンバーグとパン、フルーツを出してくれたのだが、パンをよく見てみるとカビが生えているではないか。
そりゃこんな衛生環境のところだと、体調も崩すわな…
カビている部分を千切って捨て、それ以外の所を食べる。

そんな食い意地を張っているから体調を崩すんだ、というツッコミはご容赦下さい。

(走行ルート:Khorog→Vamd→Vamd北西80km→Qal’ ai Khumb)

コメント

  1. 回復されて良かったです!

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