オンリーワン〜Alichurまで

Murgab南70km~Alichur
8/31 (1024days)
自転車で世界一周をしようという酔狂な人間は、私を含めて何人かいる。
日本人は初夏にアラスカやアメリカ北部からスタートする人が多く、毎年5月になるとSNSやブログにて’世界一周します!’という投稿をいくつか見かけることになる。
「あぁ、今年もそんな季節か」と、自分が出発した当時の事を思い出し、懐かしい気持ちになったりする。
しかし、そんな毎年生えてくる日本人世界一周自転車旅行者の中でも、10年以上も走り続けている人というのは一握りどころかひと摘みの存在である。
出発して4年経ち、5万キロ以上を走ってきた私だが、ここから2倍以上を走るというのは到底想像ができない。
一体、どんな狂った人間なのだろう。
髪も髭もボサボサで、マリファナやってまーすうぇいーい…みたいな狂った人間か、世俗を完全に捨て去った仙人みたいな人間なのか…
嵐と言ってもいいくらいに吹き荒れた暴風も、今朝はややマシになっている。
朝食を食べ、野宿を共にしたドイツ人サイクリストのクリスとお別れし、8時に出発。
5キロほど走ったところで、道路から丸見えの路肩の電柱の側にテントと自転車があるのが見えた。
パミールハイウェイは遮蔽物がほぼないので、前方に何かあれば距離が離れていても
目に飛び込んでくる。
そして距離を縮めていくと、テントからヒョコッと顔が覗き、お〜いと手を振っている男が一人。
もちろんその声に導かれるままに、テントに近付いていく。
実はこの男こそ、パミールハイウェイを走るよりも、もしかしたらこの邂逅の方が楽しみにしていたかもしれないくらい、会ってみたかった人なのだ。
そう、この人こそ自転車旅行者の中では知らない人はいないであろう有名人、磯田さん。
(ブログはこちら→ http://earthbiker.blog47.fc2.com/)
磯田さんは2009年から自転車で世界を走り始め、もう10年以上も続けている。
私が自転車で世界一周をやろうと決意したのは2009年の20歳の頃。
ちょうどその頃に磯田さんは出発しているので、如何に長い走り続けているか。
確かにその頃からブログを見て名前を知っていたので、私からしたらテレビで見ていた有名人に会うような感覚だ。
そして磯田さんが他の自転車旅行者と一線を画しているのは、タンデム自転車と呼ばれる、二人乗り用自転車で走っているということ。
しかも一人で。
やはりタンデムで一人で走っているというのは、失礼ながら常軌を逸しており、キルギスあたりから「タンデムに一人で乗ったクレイジーな日本人に出会った」という評判を欧米人サイクリストから聞いていたのだ。
そんな人間はまず間違いなく磯田さんであり、パミールハイウェイで出会えないかなぁ…と内心楽しみにしていたら本当に会えてしまった。
前日に野宿を共にしたクリスが一緒に走っていたというのも、もちろん磯田さんである。
‘なぜタンデムで一人で走ってるんですか?’と、磯田さんからしたら耳にタコができるくらい聴いてるであろう質問を投げかけてみると、「嫁さんを見つけて後ろに乗せるためや!」という答えが返ってきた。
ブログでも確かそう書いていた記憶があったので、予想していた答えではあったのだが、「あ、マジだったんだ」とちょっと感動してしまった。
私も自転車旅行をしていて「彼女ができたりしないかなぁ」と思うことはあれど、「タンデムで走って、旅行中にできた彼女を後ろに乗せよう!」なんて発想は出てこない。
まさに天才の発想だと思う。
冒頭で10年以上走っている自転車旅行者は一握りの存在だと言ったけれど、タンデムで一人で走っているのは間違いなくオンリーワンの存在だろう。
そんなクレイジー…いや失礼天才的な発想をする人なので、どんなぶっ飛んだ人なんだろうかと出会う前から想像していた。
テンション高めのいかにもパーティー好きそうな人なのか、服も髪もボロボロの仙人みたいな人なのか…。
実際には凄く気さくな大阪の兄ちゃんという感じで、チャキチャキした関西弁で話す中にも紳士的な性格が見える人でした。
身だしなみも凄く気を使っていて、自転車のパッキングも完成されており、自転車旅行者から見てカッコいい自転車乗りだな、と。
コーヒーを奢ってもらいつつ、聞かせてもらう旅行の話もまぁ面白いこと。
正直、自転車で世界一周するというのは時間を掛ければ誰でもできる…というのは、ここ4年の走行で分かっている。自転車で走るというのは、簡単なことなのだ。
しかし、旅行を魅力的にするというのはまた別な話で、これは誰にでもできることではない。
磯田さんの旅行の話は、引き込まれると共に羨ましくなるくらい、魅力に溢れている。
是非、ブログを読んだり、旅行を終えた後に開かれるであろう講演会に行ってみてください。
コーヒーを片手に話していると、気が付けば二時間近くも話していた。
強い風も吹き始めたので…ということで、ここでお別れ。
本当は一緒にテントを張って一泊したかったのだが、生憎進行方向は逆。
磯田さんは2020年の桜の咲く頃に日本に到着し、長い旅行に終止符を打つ予定だとか。
日本での再会を願い、がっちり握手をしてお別れをする。
さて、走行を再開したわけだが、風の勢いは昨日並みの強さ。
道は平坦、時には下り気味なのに、自転車は全然スムーズに進んでくれない。
時々、大型のモルモットの様な動物を見かける。
地面には無数の穴があり、そこが彼らの寝床になっているようだ。
自転車を見つけると、彼らはササっと穴に隠れてしまう。
穴に隠れた後、自転車を止めて音を立てずにジッと待っていると、「もう行ったかな」とひょっこり顔を出す。
そしてまだ私が去っていないのを知ると、慌てて穴にまた隠れてしまう。
これが面白くて、モルモットを見つけると何度もそうして遊んでいた。
日本ではこの地域のことをパミール高原と呼んでいるが、’高原’という言い方をしているのは日本だけらしい。
他の国は’Mountains(山岳)’という呼び方をしているようだ。
確かにアップダウンばかりで平坦な道というのはほぼ無かった…というのが走り終わっての感想だが、この日のこの区間だけは高原地帯と言えるくらいには、平坦だった。
平原の周りを富士山よりも遥かに高い山々が囲む風景…というのは壮観そのものである。
この日もマイルポストにもたれての昼食。
パンにケチャップを付けて食べるだけの、味気ない食事。
パンは3日前ムルガブで買ったものだけれど、もうカッチカチになっていて噛むのに顎が疲れて仕方ない。
昼食後、風はますます勢いを増すばかり。
前方にAlichurという集落が見え始めたのであり、距離にして18キロ程なのだが一向に距離が縮まらない。
その進まなさったらまるで流れるプールを逆流して泳いでいるようで、もういっそのこと「このまま風の流れに身を任せてムルガブまで戻ったろうかい!」という気にすらなってくる。
結局、たった18キロを3時間近く掛けて、15時にAlichur到着。
一応こんな小さな集落にもゲストハウスがいくつかあり、その内の一つに投宿。
こんな風でこれ以上走ってられん!
食事付きで10ドルだし、もう今日は辞め辞め。
ゲストハウスの女将にシャワーは浴びれないかと尋ねると、準備するからちょっと待ってろ、とのこと。
しばらくすると、女将の娘さんが私を外に連れ出し、ついてこいという。
その後ろをついて行くと、コンテナにたどり着いた。
はて?と不思議に思っていると、娘さんはコンテナを開けて中に入れという。
コンテナの中央にはシンクがあり、お湯が入った桶が側にある。
こんな水浴び体験は初めてであり、とても興味深い。
これを体験できただけでも、ここに泊まった価値があるというものだ。
恐らくここではお湯は貴重であり、桶には少ししかお湯はないのだが、十分これで体を清めることができた。
このゲストハウスは食事もしっかりしていて、ピラウ(炊き込みご飯)には肉も付けてくれた。
(走行ルート:Murgab南70km→Alichur)