第二の都市へ〜Oshまで

Jalal Abad~Osh
8/18~8/21 (1011~1014days)
8/18
久しぶりにWi-Fiが繋がるとあって、昨夜は随分と夜更かししてしまった。
しかも溜まっているブログ更新ではなく、ひたすら動画やらを見てネットサーフィンをする始末。
いや、言い訳させてもらうとですね、しんどい道を走るというのはそれだけ体力も精神力も削られるわけです。
そしてブログ更新というのはアウトプット作業であり、それなりに体力を使う行為なのです。
疲れている時に頭を動かして、写真と日記を見比べて文章を書くことの苦痛と言ったら…
音声入力でも導入すれば、走りながらリアルタイムで感じた事をかけるし、すぐにブログにできるのになぁ…
とか考えてみたけど、よく考えたら走ってる時に考えてる事とかほとんどカットだな。
特にキルギスとか考えている事の9割が道路に対する罵詈雑言ばかりなわけで、とてもじゃないけど公にできない。
こういう風に数ヶ月経った今だから冷静に、感情を文章に落とし込めている…ということにしておこう。
ジャララバードを抜けてすぐに上り坂が始まる。
12%のきつい斜度な上、交通量も多くてかなりイライラが溜まる。
かなり標高を上げたところから風景を見下ろすと、ジャララバード付近だけが緑色で、その周りは見渡す限りの荒野。
この国は本当、人間の生活圏以外は全くの荒れ地だな。
砂漠が今にも街を飲み込もうとしている。
砂漠の侵食を食い止められず街が消滅する…という話はアフリカとかで割と聞く話だけれど、ジャララバードは大丈夫なのだろうか。
なかなかレストランが見つからず、ようやく見つかった一軒のレストランで昼食休憩。
ここの親父さんが世話好きなのか、パンとカイマック(キルギスのクリームチーズ)に、果物、ショルポ(キルギス風スープ)、にトマトサラダと焼きそばみたいな物まで出てきた。
とてもじゃないけど食べ切れないくらいの量で、お会計をしてもらうと200ソム。
300円くらいで自転車旅行者に「もう腹一杯で食えないです」とまで言わせるとは、キルギスの物価の安さたるや。
いや、この場合は親父さんの親切心で大幅に安くしてもらったのかな。
道中はトウモロコシ畑が目立つ。
ただ、不思議と食卓にコーンが出てきた記憶はない。
油を精製するためのものとして栽培しているのだろうか?
アップダウンの連続する、無駄な作りの道を走り続ける。
この国には山を削ったりトンネルを掘るという発想はないのだろうか?
好意的に捉えるとすれば、自然を壊さずに道路を確保している…と言えるだろうか。
今話題の温暖化を訴えかける少女は、キルギスに住めばいいと思うよ。
移動手段として馬も広く使われていることだし。
そんな道を走り抜け、Uzgenという町に到着。
ここには11世紀から12世紀に掛けて建てられたミナレット(塔)が現存している。
このミナレットは中央アジアによく見られる建造物。
物見櫓であったり、塔の上からアザーンを歌って礼拝時間を知らせたり、時には処刑台として使用されていたのだという。
公園の敷地内に建っており、入場料は無料。
ミナレットの展望台にも登れるという好待遇。
敷地内にはこれまた12世紀に建造されたモスクが現存している。
外側は補修工事がされいるが、内部に入ることができる。
特に何か特別な祭壇などがあるわけではなく、ガランとしているのだが、ヒンヤリと冷たい空気が厳かな雰囲気を作っている。
Uzgen以降もアップダウンが続き、18時過ぎにキルギス第二の都市・Osh(オシュ)に到着。
都市といっても高層ビルがあるわけでもなく、日本の小さな町の規模くらいだろうか。
取り敢えずタジキスタンのEビザがまだ承認されていないので、数日間は滞在することに。
8/19~8/20
まずまっ先にやらなければならないのは、断裂した自転車のフロントキャリアの溶接。
オシュの入り口近くに自動車工場があったのを覚えていたので、そこへと向かう。
ロシア語で溶接は’スバルカ’。
それは事前に予習していたので、工場に入るなり単語を連呼しながら断裂したところを指差すと、向こうも合点がいった様子でうんうんと頷いてくれた。
まずはバーナーで断裂部分を溶接した後、金属の棒でガンガンと叩いていく。
ちょっと荒いけど、無事に溶接完了。
お金を払おうとしたら、’いらないよ’と言ってくれた。
お次は市場にある自転車屋へ。
一応キルギス第二の都市なので、まともな自転車屋があると期待していたのだが…
売っているのは、どれもジャンク品ばかりでブレーキケーブルやブレーキシューすら置いてない。
トラブルが首都のビシュケクで起きてくれて、本当ラッキーだった。
ここで何かトラブルがあっても対応できてなかった。
パーツ類もインドやタイで買い足していたのが十分あるので、パミールハイウェイもなんとかなるだろう。
市場はかなり広くて、売ってるものも豊富。
馬の鞍が売ってるあたり、流石遊牧民の国。
ドライフルーツが売っていたので、パミールハイウェイを走る時の行動食に購入。
タジキスタンに入国してすぐにATMや両替商がいるか分からないので、念のためここでタジキスタンの通貨をゲットしていく。
宿に戻ってから、自転車やガソリンストーブの整備をば。
オシュを出ると、パミールハイウェイを走り切るまではまともな町はない。
ここが落ち着いて作業できる最後のチャンスなので、入念に。
オシュに着いた翌日にはタジキスタンのビザ承認のメールが来ていたのだけれど、こうした整備作業や買い出しやらで、結局4泊することに。
いよいよパミールハイウェイへと突入だ。
(走行ルート:Jalal Abad→Osh)