いろいろ満身創痍〜Kazarman西70kmまで

Kazarman西40km~Kazarman西70km
8/16 (1009days)
パンクしているエアマットを、自転車用のパンク修理キットで修理してみたのだが、やはり夜中の内に空気が抜けてしまっていた。
どうやら外側の生地と内側の空気袋が剥離し、そこから大きな裂け目ができているようだ。
こうなるともう手の施し用がないのであり、完全に寿命ということになる。
中途半端に膨らんだエアマットはスプリングが劣化したベッドのようで、寝心地が非常に悪い。
パミール高原ではほぼ野宿になるし、トルコ辺りでは冬になってしまうので、何とか早めに新しいエアマットを調達しなければ。
昨晩食べ損ねた炊き込みご飯を調理して食べ、撤収して荷物を自転車に取り付ける。
ギィッ、ギィッという何だか金属が擦れるような、違和感を覚える音が聞こえる。
自転車をチェックしてみると、フロントキャリアが割れているではないか!
今のフロントキャリアは、一時帰国中に改良してもらった新品であり、中国から再出発して12,000キロにして初の断裂。
ネパールとインドでも全く折れなかったので、無敵だと思っていたのだが…
どんだけ悪路なんだ、キルギス。
しかも折れ方がちょっと厄介そうで、鉄棒の交差する部分を固定するネジ付近が折れ、細かな破片として分離している。
これは溶接工の腕が悪かったら、ネジでの固定が今後できなくなるかもしれない。
とにかく町に到着しなければ、修理することもできない。
応急処置として、荷物を縛るのに使っている古いタイヤチューブを少し切り、それを折れた部分に巻きつける。
キャリア折れはこれまでに何度も経験しているし、本来修理は簡単なので慌てるようなトラブルではない。
ただ、今回はまさか新型キャリアが折れるとは…という驚きと、今までにない折れ方なので、修理できるのか非常に不安。
テントを張らせてもらったユルトから、即上り開始。
傾斜がきつい上に、砂も深い。
砂が深いと自転車にはとても乗っていられないので、降りて押すことになる。
フルパッキングの自転車で砂地を突破するには、サドルを持ち、後ろを持ち上げて引き摺るようにして進む。
しかしこれが上り坂となると、自転車の後ろは当然斜面に合わせて下がっているので、持ち上げるのにいつも以上に力が必要になる。
キルギスの上りは一筋縄ではいかず、体力だけでなく精神力も削ってくる。
上りの途中にはいくつかユルトがある。
途中、5、6人の子ども達が飛び出してきた。
またお金かお菓子をせびってくるのかな、と思っていたら、両手に持ちきれないくらいのひまわりの種をくれた。
商店もサトウキビ畑もないこの土地では、このひまわりの種が彼等にとって唯一のお菓子なのだろう。
子ども達は交換条件に「キャンディーない?」と尋ねてきた。
何かをあげたいのだが、生憎キャンディーもチョコもないし、乾いた菓子パンは私の貴重な昼食なので、これをあげることはできない。
ごめんね、と謝るも、彼等は嫌な顔もしない。
子どもにありがちな、自転車に触りたがることもない。
車道に急に飛び出してきて、荷物を引っ張って邪魔してきたソンクル湖周辺の子どもとは、随分違う。
きっと、この辺りの遊牧民の大人たちがしっかりと教育しているのだろう。
私の自転車にはスピードメーターが取り付けてあり、速度や走行距離を見ることができる。
ただ上り坂の時は、これを見ないようにしている。
数字というのは、事実しか伝えない。
自分が50キロ走ったと思っても実際は40キロだったり、逆に思った以上に走っていたり…
事実しか伝えないというのは、時に残酷なのだ。
この時汗が目に染みて、ふるい落とそうと下を向いた時、スピードメーターが視界に入ってしまった。
「走行距離:5km」
一時間走って5キロだと…
顔を上げ、峠と思われる場所を探してみる。
峠と思われる場所は遥か頭上、山は威圧感たっぷりに見下ろしてくる。
地図上では、残り15キロ。
単純計算で三時間、この坂道を登り続けなければならない。
そう思うと、一気にペダルが重たくなってきた。
お腹も急に減ってきた。喉も乾いた。
きつい、きつい。
数字というのは、事実しか伝えない。
これは時に残酷だ。
だから私は、上り坂ではスピードメーターを見ない…
ただし、きついばかりではなく、その対価として景色は素晴らしい。
昨日夕方に水を補充した川、それに走ってきた道は、細い糸のようにしか見えない。
周りは薄い緑を覆った山に囲まれている。
こういった大自然を実感できる道は、ここから先パミール高原を擁するタジキスタンまでだろう。
ヨーロッパ圏に入ってしまえば、こうした圧倒される風景というのは見られなくなるはず。
私は、こういう大自然の中を走る事に、自転車旅行で最大の喜びを感じる。
パミール高原を走り切ってしまったら、私のモチベーションは何によって保たれるのだろうか?
まだ走らない内から、この先’パミールロス’に陥ることを思うと恐ろしい。
10キロ弱走り、路肩で昼食休憩を取っていると、遊牧民が声を掛けてくる。
「なんで一人で旅行してるんだサムライ!女の子と旅行しろ!」
ほっとけ!どうやって女の子のサイクリストと会うか教えろ!
「水くれサムライ!」
おいおい、貴重な水を全部飲むなや!
なんてやりとりをする。
通り過ぎていく車を指差して、「あの車に乗っけてもらえ。次の街のジャララバードまでは100キロだ。車に乗ったら楽だぞ。金はいらないように言ってやるから」と言ってくれる。
自転車旅行が文化にない国では、重たい荷物を持って坂道を登る行為は苦行にしか映らないのだろう。
自転車で走るのが楽しいから、と誘いを断ると、The 苦笑いを浮かべてくる。
そして走ること20キロ、14時、遂に峠に到着!
標高は3,062メートル。
キルギスの峠越えはどれも走り応えがあるので、峠に到達した時の達成感は半端じゃない。
道中がキツくて脳をシャットダウンして無心で登るので、その反動で峠に到達した瞬間に脳内から放出される幸福感の量がエゲツなく、ハイになる。
峠は風がめちゃくちゃキツくかなり寒い。
このまま長居すると風邪を引きかねないので、写真を撮ってさっさとダウンヒルへ。
峠の先の風景も素晴らしく、これから私が下る道は遥か谷底へと伸びていく。
ダウンヒルはレールに乗ったトロッコのようなもので、自転車は勝手に進んでいくので、後はハンドル操作だけしてやればいい。
峠で得た幸福感の余韻を感じながらのダウンヒルは、麻薬に近い中毒性があると思う。
ただ、キルギスのダウンヒルは突入してすぐに幸福感がぱっと覚める。
集中して走らないと、石にタイヤを取られて転倒するか、崖から転落してしまうかもしれない。
ブレーキをフルに掛けて下っていると、途中で前輪側が全くブレーキが効かないことに気付いた。
あまりにブレーキをかけ過ぎて、一気にブレーキが削れてしまったのだ。
ブレーキパッドとディスクローターの隙間調整を行なって、また下り始める。
峠から16キロ走ったところ、川沿いにぽつんとユルトが現れた。
レストランらしく、お母さんがこっち、こっちと手招きしてくる。
16時と中途半端な時間だけれど、峠越えで随分と腹が減ったのでラグマン(中央アジア風うどん)を注文する。
食べ終わるとどっと疲れが出て、動く気が失せてしまった。
そのユルトの敷地がいい感じの芝生なので、そこでテントを張らせてもらうことに。
自転車のチェックをすると、キャリアに続いてフレーム下に付けているボトルケージも割れていた。
(走行ルート:Kazarman西40km→Kazarman西70km)