行くか引くか〜Taboまで

Nako~Tabo
6/14 (946days)
日の出前の5時に起床し、ささっと撤収準備を済ませると、住職が執務室に誘ってくれ、クッキーとチャイを出してくれた。
昨夜は飲み水にお湯まで頂き、今朝は食べ物まで頂いてしまって申し訳が立たないので、本当に僅かながら50ルピーを寺院への寄付として渡し、お礼を言って出発する。
Nakoを出発早々に上り坂が始まり、しかも昨日の坂道よりも斜度がきつい。
しかし、高度を上げる度に良くなる景色。
しばらく走ると上り坂のピークに到達した様で、道が平坦になった。
標高は3,700メートル。目の前には渓谷の大パノラマが広がる。
そして遥か下を流れる川、僅かにある森林、民家全てが小さく見える。
これまでぜいぜい息を切らして上ってきた苦労が全てどうでも良くなる、最高の瞬間だ。
ちょっと下世話な話になるが、「自分はSかMか」というような話を、ほとんどの人が友人と交わしたことがあるのではないか。
Sはサディストの略で、他人を責めたり罵倒する事に快感を覚えるタイプ。
Mはマゾヒストの略で、他人から責められたり罵倒される事に快感を覚えるタイプ。
これを自転車旅行者に当てはめると、全員がMという事になる…と、以前まではそう思っていた。
何故なら、毎日重たい自転車を漕いで体を痛めつけ、それを「楽しい」と宣う人種は、どう考えたってM、ドMだ。そう思っていた。
しかしここ最近、実は自転車旅行者はSなんじゃないか、と思い始めた。
地図を広げてルートを計画しては、あえて厳しい小さな道を好んで選択し、その厳しい道のりを走破しては「よっしゃ!この道に打ち勝ったぞ!」と、達成感に震え、そしてまた次の厳しい道を求めて走り続ける…
厳しい道とは山岳地帯であったり砂漠地帯、豪雪地帯など、自然環境が要因となることが多い。
即ち厳しい道を走る=自然との闘いなのだ。
その自然に打ち勝った時に感じる支配欲といったら、病みつきになる。
またすぐ、次に支配欲を満たせる機会を求めてしまう。
これは立派なSではないか。ドSではないか。
…「普段走りながらどんなことを考えてるんですか?」とよく聞かれる事があるが、普段こういう下らない事を考えております…ということを、ここでご紹介させて頂きました。
標高3,700メートルのピークを越えると、そこからは九十九折が遥か下の谷底に向かって延びている。
ノンストップで下るでぇー!と息巻いていると、前方からやって来たモーターサイクリストの集団が私の横に付けた。
顔を見ると、数日前に出会ったモーターサイクリスト達ではないか。
彼等は私と同じ進行方向に進んでいたはずで、こうして再び出会う事はおかしいのだが…
どうしたのか聞くと、「スピティバレーの出口にあたる標高4,600メートルのKunzm La(クンズム・ラ峠)が、積雪で通行止めになってるから引き返して来た」という。
何と、これは一大事ではないか。
本来であれば、スピティバレーはそのクンズム・ラ峠を越えた先で、マナリ・レーハイウェイと合流する。
しかし峠が通行止めとなると、来た道をRampurの集落まで引き返し、さらに100キロ程走らなければ、マナリ方面へのハイウェイとは合流できない。
モーターサイクリスト曰く、「開通は六月下旬になる」ということを工事関係者に言われたらしい。
これらの情報を教えてくれた後、モーターサイクリスト達はやってきた道を戻るため、去っていった。
彼等が去った後、私はしばらくそこに止まって考え込んでしまった。
進むべきか、戻るべきか。
仮に進んだ場合、クンズム・ラ峠まではここから六日間は掛かる。
その間に除雪作業が終わるかもしれないが、終わらなかった場合は停滞を余儀なくされる。
停滞は全体のインド滞在日数を圧迫することになり、私が最も楽しみにしているマナリ・レー地方を走りきる事ができなくなるかもしれない。
この先130キロ程先に、スピティバレー最大の町・Kazaがある。
距離的には二日間で到着できる場所だ。
そこでならもっと情報も得られるだろうし、もし通行止めが解除されなかったとしても、来た道を戻るバスがあるかもしれない。
そういう考えを数分間頭に巡らした結果、先へと進むことにした。
九十九折はあっという間に谷底にたどり着き、標高は3,000メートル以下に。
川沿いにフラットな道が続き、軍のチェックポイントがあるSumdoに到着。
軍人が店員をやっているカフェでサモサを食べ、小休止。
Sumdo以降も川沿いに進み、じわじわと標高を上げていくものの楽な走行が続く。
このまま楽勝で今日の目的地・Taboに到着できるかと思っていたのだが、途中から猛烈な向かい風に。
向かい風に苦しみ、Taboには予定よりも随分と遅い16時に到着。
Taboにもチベット仏教寺院があり、本堂はなんと990年代に建てられたものだという。
残念ながらTaboの本堂も撮影禁止で紹介ができないのだが、土で作られた本堂の内部
は威厳があり、最深部では僧侶が何十人と集まりお経を唱えている時間帯で、正に聖なる場所、という空気が漂っていた。
お経を中断して「境内でテント張らせてくれ」なんてとてもじゃないが言えないので、この日はヘリポート脇の空き地で野宿。
テントを張っていたら他の旅行者に見つかり、粉ミルクやパンなど大量に食料をもらったので、この日は粉ミルクを使ったシチュー。
(走行ルート:Nako→Tabo)