秘境の領域へ〜Nakoまで

Pooh~Nako
6/13 (945days)

ここ二日間、早い時間で走行を切り上げて半日を休養に充てたおかげか、今朝はすっかり体調も良くなった。
腰痛も下痢も、今はすっかり治っている。

ただ、「治った!」と思ってすぐに普段通りの習慣に戻るのも、また危険なり。
普段はラーメンと白米の朝食も、消化の事を考えてラーメンだけに留めておく。

この「ラーメンだけに留めておく」という行為が、どれだけ勇気ある決断であったかということを、ここではっきりさせておきたい。

飯の量を少なくしたり我慢するというのは、自転車旅行者にとっては非常に難しいことなのだ。
というのも、クソ重たい自転車を毎日漕いで運動しているわけで、(計算したことないけど)その消費カロリーは凄まじいものがある。
体は当然その消化した分のカロリーを求めるわけで、四六時中腹が減って仕方ない。
その減った腹を膨らますには、とにかく量を食べないといけない訳で、「食事量を減らす」なんていう発想は、我々自転車旅行者からすれば「正気ですか!?」の一言である。

食事に関してひとつ、小噺がある。
日本人の感覚として、「人からの好意は断らない」「出された物は残さず全て食べる」というのがマナーだと、ほとんどの人が抱いているだろう。

これまで長く旅行をしてきて、数えきれないくらい食事に招かれたが、外国人の感覚として「客人が空腹であってはならない」というのがマナーらしい。
有名な話では、中国では客人が満腹になって食べ物を皿に残すまで、ホストは食事を出し続けるのが礼儀である…というものがあったりする。

旅行の序盤、カナダでこういう事があった。
ある日、カナダ人の家に招かれ、食事をご馳走してもらった。
私の皿が空になる度、彼は「チーズいるか?」「肉はいるか?」「米は?パンは?フルーツは?」と言ってくれた。

私としては、「好意で言ってくれる事を断れないし、出された物は全て食べないと失礼にあたる!」ということで、次々と出される食事を全部ペロリと食べていた。
どれだけ出てきてもそこは自転車旅行者、胃袋に入ってしまう。

最初は笑顔で次々と新しい食べ物を出してくれていた彼だったが、仕舞いには「お前は狼か!?うちの冷蔵庫を全部空にする気か!?」と呆れ顔をされたのだった。

…それだけ自転車旅行者は常に腹が減っている生き物なのだ。
(さすがに今は、人の食事に誘われてここまで馬鹿食いすることはない…と付け加えておきます。)

さて、話を本筋へ。
ラーメンを食べて7時半過ぎに出発。

この日はNakoという標高3,600メートルにある集落まで、山道を走りらなければならない。
出発したPoohは標高2,600メートルなので、1,000メートル標高が上がっていく。
そのはずなのに、道は一向に登る気配もなく、むしろ川沿いに下っていく。

10キロ走り、標高2,400メートルまで下ったところで「Hangrang Valleyへようこそ
!」という看板が現れた。
Spiti Valley(スピティバレー)とちゃうんかい!と思わずツッコミをいれてしまった。
今のところ「スピティバレーへようこそ」という看板は見たことはないが…
渓谷全体の総称がスピティバレーなのだろうか?

この看板から上りが始まる。
九十九折が幾重にも重なり、ガンガンと標高を上げていく。

標高が上がるにつれて景色が立体的になり、迫力が増してくる。
空の青色を除けば不毛の大地で灰色一色の風景は、どこか地球ではない惑星にでもいるかのように思わされる。

Poohから走ること25キロ、標高2,800メートルまで登ってきたところ、食堂がいくつか並ぶ所があり、そこで昼休憩をとる。
ここでもダライ・ラマの写真が飾られている。

昼食を終え、走り始めてしばらくしてから振り替えると、昼食を取った場所だけ緑が茂っている。
まさに不毛の大地に存在するオアシスだ。

再び九十九折が始まり、更に標高を上げていく。
今朝はすぐそこにあった川が、今は遥か下。

道中、交通安全の標語を頻繁に見かける。
どれもちょっと洒落を効かせた物になっているのだが、「それははたして上手いこと言えてるのか?」と思いたくなるものが多い。

森林が一切ないため、進む先の状況が良くわかる。
もう少し登った先に、緑と民家が集中しているのが見える。
あそこがNakoだろう。

九十九折を上り切り、16時にNakoに到着。
小さな集落で、恐らくは人口200人くらいの規模だろうか。
集落の中心には湖があり、この不毛な大地にあって貴重な水源となっているのだろう。

Nakoの背後には大きな山が聳えており、その山のすぐ向こうは中国側のチベットになる。
夏の今でも頂上には雪が積もっているのを見るに、標高は5,000メートルはあるだろう。
ここに住む人達の先祖は、中国の迫害から逃れるためにあの大きな山を越え、Nakoの集落
築いたのだろうか。

入り口にはチベット仏教寺院がある。
境内は住民の憩いの場所となっているのか、大人たちはお茶を飲み、子ども達はクリケットを楽しんでいる。

寺院の本堂は写真撮影が禁止されており紹介することができないのだが、木造の本堂内部には木造の仏像がいくつか安置されており、壁画も見る事ができる。
本堂には灯りや窓はなく薄暗い空間で、それが厳かな雰囲気を作り出している。

Nakoにはいくつかホテルがあるのだが、ダメ元で境内でテントを張らせてもらえないか寺院の住職に頼んでみると、快諾してくれた。
そればかりか住職は気をお湯や飲み水も分けてくれ、とても親切にしてくれた。


(走行ルート:Pooh→Nako)

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