どちらもリアル〜Rudrapurまで

Mahendranagar~Rudrapur
5/25 (921days)

それまでいた国から新しい国へと行くのは、いつも心がソワソワする物だ。
期待感、不安感、未知への興味、メディアやネットで得たステレオタイプな印象…それらが胃の辺りでシャッフルされ、とても複雑な感情を形成する。

期間が長くなるにつれて色んなことに慣れ、刺激が薄れるのが長期旅行の悲しい性だが、国境をまたぐ瞬間はそれらの経験が一旦リセットされ、まるで転校初日の転校生の心持ちになる。
今度の国ではうまく馴染めるかな…ご飯は美味しいかな…治安は大丈夫かな…

しかも、今回入国するのは、あのインドだ。
私が出会った旅行者の中には、「インド人は嘘つきばかりで、良い奴はお茶屋の兄ちゃんだけだ」なんて真顔で言う人がいたし、「インドなんて二度と行くかボケ!(タイトルまま)」みたいな本もバックパッカーによって過去に出版されていたりする。

そういう印象がどうしても頭に残っており、今回の国境越えは少々不安感の比重が大きい。

マヘンドラナガルから国境までは7キロ。
朝早くから、既に多くの人、車が国境に続く道路を行ったり来たりしている。

ネパール側の国境にはあっという間に到着。
質素な建物で、なんとこのサイバー時代にあって国境管理は手書きの台帳管理。

通りを行き交う人の数の多さから、出国には時間が掛かるだろうなと予想していたのだが、実際には私の他にはヨーロッパ人一人だけが先にいただけで、十分もしないうちに処理は終わった。

インドとネパールには協定があり、パスポートは不要で自由に国境を行ったり来たりできるのだという。
そして滞在期限もなしに滞在できるとも聞いた。

余りにも大雑把で、そんなのってアリ?と思ってしまうのだが、何となく「インドっぽいなぁ」と入国前から納得してしまった。

およそ2キロ程はいわゆる緩衝地帯となるのだが、そこで青空散髪屋がいたり、果物露店があったりする。
これもこれまでの国境では考えられない事で、ますます「インドっぽいなぁ」と、入国前から感じざるを得ない。

緩衝地帯では荷物チェックがあり、さすがにそこではインド人もネパール人も全員止められ、軍人によるチェックがされていた。
私はというと、「日本人だ」というと荷物のチェックもなく通過させてくれた。

程なくしてインド側の国境管理棟に到着。
こちらでも手書きによる台帳管理となっているが、やはり私の他には一名の外国人旅行者のみであっさりと通過。

8時半、晴れてインドに入国である。

インドに入国してびっくりしたのが、その路面状態の良さ!
ゲートからして明らかに有料道路だからだと思うのだが、凹凸は一切なく、自転車に翼でも生えたかのようにスムーズに進んでいく。
ネパールも決して路面状態が悪いわけではなかったが、これはちょっとレベルが違う。

ちなみに原付と自転車は料金所で止められる事なく、ゲート脇にある小道から普通に有料道路へと入って走ることができる。
というか、これしか道がないためここを走るしかない。

もう一つ驚いたのが、ガソリンスタンドに給水機が設置されていること。
衛生面の心配から「インドでは水は必ずミネラルウォーターを買うようにしよう」…と入国前には考えていた。

しかし給水機があるなら話は別だ。
水を買うには金が掛かるが、この水はタダなのだ。
それに、様子を窺うとインド人はこの給水機の水をガブガブ飲んでいるし、飲料水として問題はなさそうだ。

ガソリンスタンドの店員に「水を補給してもいいか?」と聞くと快諾してくれたので、ペッドボトルに補充し、恐る恐る口に含んでみる。

味はいたって普通の水で、よく冷やされて美味しい。
どうやら問題はなさそうだ。…現時点では。
後々に酷い下痢に襲われない事を祈り、ペットボトルを全て満タンにしていく。

先の話になるが、その後もインドでは給水機が大抵どこのガソリンスタンドにもあり、出国するまでほとんど水を買うことはなかった。
ちなみに水当りになったこともなかったので、給水機内も一応清掃はされているようだ。

その後もスムーズに走っていると、二人乗りの原付が並走してきて声を掛けてきた。
しばらく話していると、「この先で俺たちのレストランがあるから是非寄ってくれ」と言う。

非常に嬉しい申し出だが、ここはインド。
前述したように、これまで聞いた話や得た情報から、「もしかしたら騙されるんじゃ…」という不安が頭を過る。

それでも、全てを疑ったのでは旅行というのは面白みを失ってしまう。
そういうわけで、彼らの原付について行き、レストランへと入った。

そこは彼等の家族で経営しているレストランとのことで、6、7人ほど人がいたのだが、全員が家族なのだと言う。

「何が食いたい?」と聞かれたので、「これなら万が一騙されたとしても、高くは付かないだろう」と判断してチョウミン(ネパール風焼きそば)を注文する。

皆が見守る中、チョウミンを啜る。
美味い。それを伝えると、皆がホッとしたように笑顔を見せてくれた。

私がウクレレを持っている事を知ると、「弾いてくれ」とせがまれた。
ここしばらく全く練習していなかった事もあり、上手く弾けなかったのだが、それでも彼等は笑顔で音楽に耳を傾けてくれた。

1時間程しただろうか、お代を払って出発しようとしたのだが、「金はいらないよ」と言う。
何度か支払おうとしたのだが、頑として受け取ってくれず、代わりに微笑みを返してくるばかり。

彼等に礼を言うとともに、疑いを持って彼等に接していた自分が恥ずかしくなり、心の中で謝罪し、がっちりと彼等と握手を交わしてから再び走り始めた。

道路状態はよくてスムーズに進めるが、暑さという点はネパールとなんら変わりない。
休憩場所にするために日陰を探していると、道路脇にモスクが現れた。

モスクとはイスラム教の礼拝堂である。
インドやネパールではヒンドゥー教徒が大多数を占めているはずであり、イスラム教のモスクを見ることになるとは思ってもいなかったので、少々驚いた。

モスクはタイルでできており、軒下はひんやりして気持ちいい。
日陰に入って休んでいると、一人の男が声を掛けてきた。

しばらく話をしていると、「そこに俺のレストランがあるんだけど来ないか?」と、先ほどの出来事と全く同じ流れになった。

ビリヤニという、炒飯に近い料理を食べさせてもらう。
そしてやはり、ここでも頑としてお金を受け取ってもらえず、またしてもご馳走になってしまった。

彼等と話をしていると、彼等はやはりイスラム教徒であるとのこと。
イスラム教には喜捨という教えがあり、これは「私財を惜しむ事なく、他者や寺社に差し出しなさい。そうする事で心が浄化されますよ」という考えからくる…と、昔に読んだ本で学んだ事がある。

また、イスラム教には「旅人をもてなしなさい」という教えもあると聞いた事がある。

その後も、何人ものムスリムと思われる人に声を掛けられた。
商店の前にいた人が手招きをして、冷えたコーラを差し出してくれた。
自転車で並走してきた親父が、「何か困っている事はないか?飯でも食うか?」と声を掛けてくれたりした。

この辺りはイスラム教徒の人が集中して住んでいる地域なのだろう、モスクが集中して並んでいる。

モスクを写真に収めておこうと写真を構えると、前触れもなくモスクに設置されているスピーカーから男性の声が流れ始めた。
人生で初めて聞くが、これがアザーンと呼ばれる物だと、すぐにピンときた。

アザーンとは礼拝の時間を知らせる呼びかけで、その呼びかけは歌うかのように抑揚を付けて行われる。

茹だるような暑さの中で流れるアザーンはまるで、涼しい風が開けた部屋の窓に流れ込んでくるかのように、すーっとした爽やかな気分を私の心にもたらしてくれる様だった。

16時過ぎ、Rudrapurの街に到着。
かなり大きな街で、交通量も人もかなり多い。

この日出会った人が「Rudrapurは美しいぞ」と言っていたので、街並みに期待していたのだが、至って普通の街だ。
美しい街並みがあるどころか、目に飛び込んできたのは道の脇に捨てられたゴミの山だ。

メイン国道のすぐ脇に作られたゴミの集積所で、道とそこを隔てるようにフェンスがあるのだが、ゴミがそのフェンスをなぎ倒して道路にまで溢れ出てくる始末。
そしてさらに驚いたのが、その集積所の敷地内に掘っ建て小屋があり、人が住んでいるということである。

インドはゴミがそこかしこにあって、とても汚い…というのはよく聞く話だが、まさかここまでだとは…

予想外に美しい心を持った人々に、予想以上に汚い街並み…
良い面でも悪い面でも、大きな衝撃をもって迎えたインド初日となった。



(走行ルート:Mahendranagar→Rudrapur)

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