僕が旅行者になった理由〜Lobucheまで

Dingboche~Lobuche
4/19 (881days)
前方に広がる大パノラマのヒマラヤ山脈。
青い空に、谷底から吹き上げてくる心地よい風。
すぐ傍では、タルチョがその風になびき、青い空で泳いでいる。
目の当たりにしている地球最大規模の山脈の前では、自分という人間はあまりにも小さな存在だ。
時刻は5時半ー。
天気は昨日と同じくらい、素晴らしい快晴。
朝食にチベタンブレットを食べる。
油で軽く揚げたパンはモチっとした食感で、ジャムや蜂蜜を付けて食べる。
山岳地帯においてパンは貴重品であり、ダルバートやチョウミン(チベット風焼きそば)に飽きた舌は、久しぶりに食べるパンの味に喜び、「もっともっと」と求めてくる。
残念ながら値段が高いので、一つで我慢。
6時半過ぎに出発。
この日はLobucheという、標高4,910メートルの集落を目指す。
いよいよ標高5,000メートル付近に向かうということで、高山病のリスクは益々増していく。
ゆっくり急がず、お互いのペースで進もうとエヴァンと約束し、出発する。
昨日登った展望台から道は分岐し、6,495メートル峰のTabche沿いの渓谷を進んでいく。
出発した時にはウィンドブレーカーを着ていたのだが、展望台に着いた時点で汗が噴き出してくる程の陽気で、半袖Tシャツになって進んでいく。
進む真正面には、標高6,090メートル峰のLobuche Eastが聳え立つ。
進んでいきた方角を振り返ると、標高6,814峰のアマダブラムに、谷底の集落・Phericheが望める。
そして左手には、Tabucheが堂々と聳え立つ。
360度をヒマラヤ山脈群に囲まれながら歩くなんて、なんて贅沢な時間なんだろう。
ただ歩いているだけで贅沢感を感じられる場所というのは、3年間世界を旅行していてもほとんど巡り合ったことがない。
これら雄大な景色と比較して、我々人間はあまりに小さい。
我々が進む速度は精々時速3〜4キロ程度であり、そんな速度では見える景色はほとんど変化がない。
まぁこの場合はこの遅さが故に、素晴らしい景色をずっと眺め続けることができる幸福でもあるのですが。
それでもゆっくりと歩は進めているわけで、時間が立つにつれてそれまで隠れていた山の面が現れてくる。
違った角度から見る山は、それまで見えていた物とは別物で、見ていて飽きることがない。
今見えるTabucheはツインピークで、山頂付近から氷河の様に雪が谷に流れ込んでいる。
9時頃、Thoklaという集落に到着。標高は4,120メートル。
ここで少し休憩を入れ、再び歩き始める。
Thokla以降は大きな石がゴロゴロと転がり、急斜面の難所となる。
強靭なポーター達ですら肩で息をし、途中で歩を止めて息を整えるくらい厳しい道程だ。
Thoklaから登ること1時間ほどで、ようやく峠の頂上に到着。
標高は4,830メートル、峠ではタルチョが風になびいている。
タルチョがはためくモニュメントには、引っ切り無しにトレッカーが押し寄せて写真撮影をしている。
そこから離れ崖側の方へ行くと、朝から自分が登ってきた道と、ヒマラヤ山脈群の大パノラマが目の前に広がった。
周囲には誰もおらず、谷底からくる風が大地を吹き抜ける音だけが聞こえる。
その風は私の体を通り過ぎ、更に上へ上へと向かっていく。
空気を目一杯吸い込んでみたくて、鼻から深呼吸をしてみる。
乾燥した空気と薄い酸素に、ツーンと鼻が痛くなり、標高が5,000メートル近い場所に立っている実感が湧いてくる。
目で、耳で、体全身で地球を感じる。
この風景の中で、私という存在は余りに小さい。
地球とは何と大きく、そして美しいのだろうか。
世界中を旅行する人々は数多くいて、その理由は十人十色だろう。
日常生活の疲れの解消、異文化の見聞、人々との出会い…
私にとって旅行をする目的は、「圧倒的な大自然を感じたい」ということである。
ーなぜ海外旅行を?
この質問は、長期旅行をしている人間なら何度も受ける質問だろう。
正直、アラスカから始めたこの旅行の最初期は、その質問に対する答えは持っていなかった。
自転車で世界を走る事は20歳からの夢で、これは急に湧き上がってきた物である。
それについて「何故?」と聞かれても「何でか分かりません」としか答えようがなかった。
旅行を始めて1年程経過した南米から、ようやく何故自転車で旅行をしているのか自分で理解できるようになった。
南米大陸を縦に走るアンデス山脈。不毛の大地、パタゴニア。
そこで見る圧倒的なスケールの大自然に、今までの人生で感じたことの無いくらい興奮を覚えた。
圧倒的なスケールの大自然を目の前にすると、胃の下の辺りから興奮の感情が発生する。
それが頭の方に駆け上がってきて自然と顔が綻び、「うわー!」とその興奮が叫び声として発散されるのである。
この展望を見た時も同様の興奮を感じ、本当にここに来て良かったと思えた瞬間であった。
私はこの風景を見るために、ここに来たのだ。
川は凍りついているのだが、なお半袖Tシャツでも快適に過ごすことができる。
12時頃、Lobucheの集落に到着。
大分遅れていたエヴァンを待って、山小屋に投宿。
二人部屋が700ルピー(約700円)、お昼に注文したフライドライスが755ルピーと、とんでもない値段にまで跳ね上がっている。
しかしこれは必要経費。
山でも自転車旅行でも、食べることが最大の健康維持の方法なのだ。
標高5,000メートルは、海抜0メートルと比較して半分ほどの酸素しか存在しない。
疲れのためか、昼食を食べてから急激に眠くなってきた。
しかし、高山病は呼吸が浅くなった睡眠時に発症することが多いという。
昼寝すると高山病になるかも…と思い、高度順応のために散歩をすることに。
Lobucheのすぐ側に小高い丘があり、ちょうど高度順応によさそうなのでそこを登る事に。
丘を登り始めてから天気が崩れ始め、周りの山々があっという間に雲に覆われてしまった。
本来なら、この丘からエベレストから流れ落ちるクンブー氷河が望めるらしいのだが、遠くにぼんやりと見える程度にしか見えない。
宿に戻ってからは頭痛がし、高山病の症状が現れ始めた。
エヴァンも同様に頭痛がするらしい。
やはり標高5,000メートルを超えると、世界が一変するということか。
(トレッキングルート:Dingboche→Lobuche)