自転車で行く長野旅行③~乗鞍高原まで

美ヶ原高原美術館~乗鞍高原ユースホステル
8/28

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夜明け前、誰かが声を掛けたわけでもなく、それなのにまるで事前に示し合わせていたかの様に、ほぼ同時にテントをもぞもぞ這い出てきた。

少し肌寒い空気の中で、ご来光を拝むため、その瞬間をソワソワしながら3人で待ち受ける。

待つこと1時間程。
辺りはすっかり明るくなっているのだが、ちょうど太陽が昇っている方向が厚い雲に覆われてしまっており、ご来光は拝むことができなかった。

その代わり、陽に照らされた雲海は美しく、触れることができれば白綿のような柔らかさを感じられそうで、届きもしないのに手を伸ばしてみたくなる。

朝食を食べた後、八島君と大島君に武石峠まで車で送ってもらった。
この日は雨の予報で、しかしどうしても乗鞍高原までは辿り着きたい。
帰る日にちは決まっており、残り日数とゴールの岐阜・高山駅までの距離を考えると、結構カツカツの旅程になっているのだ。

とすると、雨が降らないと仮定しても、距離的には松本市街に何とか午前中に到着する必要がある。

武石峠から松本までは下り坂しかないため、あっという間に着くだろう。
2人にお礼を言って武石峠で別れ、松本へ向けて長いダウンヒルを開始する。



そして、予定通り松本には10時到着。
天気もここまでは曇り空の状態で、踏みとどまってくれている。
このまま乗鞍高原まで、何とか天気が持ってくれれば良いのだが。

しかしその願いは空しく、松本市街に到着して程なくしてかなりの勢いの雨が降り出してしまった。
しばらくは喫茶店で粘ってみたのだが、雨が止む気配はない。

こうなってしまっては走る気も無くなり、乗鞍高原までは電車とバスで乗り継いで行くことに。
幸い、バスも輪行袋に入れればトランクに入れてくれるとのことで、これは日本の路線バスとしては非常に珍しい。
普段から自転車乗りが輪行を頻繁に利用するからこその処置だろう。

というのも、この先に自転車乗りにとっては聖地とも言える場所があるのだ。
乗鞍高原から先の道は乗鞍エコーラインと呼ばれ、乗鞍岳の登山道入り口の畳平まで通じている。
乗鞍エコーラインは一般車は通行禁止で、登山者は自家用車で乗鞍高原まで行き、そこから先は車を駐車場に置いてバスに乗換なければならない。

しかし唯一、一般車両として、自転車のみが乗鞍エコーラインの通行を許されている。
そして、畳平は日本の道路としては最高標高である2,715メートルに達する。
馬鹿と煙と自転車乗りは高いところが好きであり、それが国内最高標高となると、走らずにはいられないのだ。

だが、「エコーラインの入り口まで行くのは大変だし、上り切った後に同じ道を走るのも嫌だ。」と、自転車乗りは我儘な生き物でもある。
そういう訳でバス輪行の需要が高まり、バス会社もこうして輪行サービスを受け付けるようになったのだろう。

ちなみに畳平が長野と岐阜の県境となっており、長野側は前述の乗鞍エコーライン、岐阜側は乗鞍スカイラインと呼ばれている。
スカイラインも同様に、一般車両は通行禁止になっている。

いざバスに乗り込んで、窓の外を流れる風景を見て、「輪行して良かった」と心底思った。
松本から乗鞍高原に至るまでの道は山道の険しさも去ることながら、トンネルが幾重にも連なっているのだ。
しかもトンネル内は路肩が無く、荷物を背負った自転車が通るにはあまりにも危険過ぎる。
恐らくは、晴れていたとしても走れるような道ではない。

松本から電車とバスを乗り継ぎ、大体1時間半程で乗鞍高原に到着。


バスを降りて自転車を組み立て、松本の駅から電話で予約していた乗鞍高原ユースホステルへ向かう。

ご夫婦と息子さん方がオーナーのユースホステルで、飄々としているが話してみるととても気さくに接してくれる雰囲気で、私はこのユースホステルがとても気に入った。
ご飯も美味しいし、温泉は暑くて慣れるのに時間は掛かるけれども樹の浴槽で香りが良い。


そのホステルの中で目を引いたのが、食堂に展示されている自転車。
何だろうと近寄ってみると、かつて、今の私の様にこのホステルが気に入り、よく訪れていた自転車乗りの人の物だということが分かった。
自転車は一台だが、二人の自転車乗りのゆかりの品々が展示されている。
残念ながら、今はお二人とも既にこの世にはいらっしゃらない。

一人の方は生前、ヨーロッパを長期自転車旅行されたことがあり、お父様がその記録をまとめて出版したものが、本として置かれていた。
日記をそのまま出版したようで、自転車旅行者の生の感情が飾らない言葉で書かれている。
オーナーさんに許可をもらい、部屋まで持っていって夜眠たくなるまで読んだ。

ヨーロッパ旅行記の他に、もう一冊、ファイルでまとめられた資料があった。
これは、恐らく本人が生前にまとめたものだろう。
それには、「乗鞍で見れる高山植物」として写真で紹介された数々の花が、各ページを彩っていた。
生涯の中で、「愛する土地」を見つけられる幸運な人は、そう多くないのではないだろうか。
この方にとって、乗鞍はまさに「愛する土地」だったのだ。

今度は山の中で高山植物をゆっくり眺めてハイキングできるくらい、十分に時間を作って、また乗鞍を訪れてみたい。

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