師走の大炎上~Banos Termales los Naciomentosまで

Santa Maria南西68km~Banos Termales los Naciomentos
12/28 (587days)
12/28
「うわっ」
そう声を上げる前に目の前は火の海になり、驚いて一瞬目を瞑り顔を背けた。
次に目の前に入ってきたのは、燃えている自分の右手の甲。
炎はあっという間に、辺りにあったビニール袋に燃え移り始めた。
~数時間前・早朝~
朝食にガソリンストーブを使ってカレーを温めたのだが、どうも調子が悪い。
コックを全開にしても、ガソリンの噴出が弱すぎる。
ガソリンボトルへの圧力が弱いのかと思いポンピングするも、炎が大きくならない。
ポンプの方をまずチェックしてみたが、正常のようだ。
ストーブ本体のホースに古いガソリンが詰まっているのかと思い、清掃してみる。
それでも、あまり改善が見られない。
「まぁ、夕食の時に改めてチェックしてみよう」
そう思い、テントを撤収して廃屋を後にする。
昨日廃屋に逃げ込む前から吹き始めた暴風は、結局夜通し吹き荒れ、この日の朝も勢いが弱まることなく向かい風として私の邪魔をしてくる。
向かい風と上り坂と格闘しつつ、早々にこの日の目的地である場所への分岐点に到着。
「Banos Termares」
訳が分からないこのスペイン語も、日本語に訳すと「温泉」という素敵な言葉に大変身。
Cafayateでホステルにポーランド出身の自転車旅行者が泊まっており、彼が「無料の温泉があるよ」と教えてくれていたのだ。
年末に温泉に浸かって一年間の垢を落とす・・・素敵やん?
ということで、Cafayateからの4日間楽しみにしていたのだ。
幹線道路を外れ、看板の先に延びる道に入るとダート道が始まる。
更には川越えイベントが発生。
ポーランド人から聞いていたため驚きはないのだが、思ったよりも流れの勢いと水嵩があるため、靴からサンダルに履き替え、できるだけ浅い場所を選んで越えていく。
川を越えると、大きな岩山を真正面に向かっていくように道が続いている。
ここ最近の退屈で変化のなかった風景とは異なり、どこを見ても形の違う岩石を見ることができる。
道も多少砂が深くはあるけれども、走れないことはない。
走りにくいストレスよりも、今までにない刺激のある風景を見られる喜びの方が大きい。
看板から進むこと4キロ、時刻は13時。
温泉に到着。
温度は37℃とのこと。
温泉には管理人など一切なく無人で、半ば放置されて「好きにやってくれ」という感じ。
私が着いた時には、客は原付でやってきた年配の夫婦1組だけで、そのまま彼等のお昼ご飯に招待してもらい、チキンを丸々一匹もらってしまった。
昼食が終わり、改めて入浴タイム。
ここの温泉は4,5つ程の個室が設けられており、それぞれにお湯を張ることができる。
あぁ、極楽・・・。
温泉に入ってから自転車で走るなんて阿呆のやることであり、この日はこれ以上走るつもりは毛頭ない。
湯に浸かりつつ、アルゼンチンの地図を眺めてこの後のルートを考え、それに飽きれば小説を読む。
気が付けば5時間くらいは温泉に入っていた。
敷地内の奥に岩小屋の休憩所があり、この日はここで泊まることにした。
テントを張る前に夕食を食べてしまおう。
昼食にもらったチキンを使って、炊き込みご飯と味噌汁にして食べよう。
ストーブを引っ張り出して火を付けるが朝よりも調子が悪い。
「ポンプのどこかの密閉が緩くて圧力が逃げているのかな
?」と思い、火が付いているにも関わらずコックの根元をツールを使って締めてみた。
ブジュウウウゥゥゥゥゥ
という嫌な音と共に、コックの根元からガソリンが溢れ出て、ツールを持って締め上げていた手に掛かった。
「うわっ」
そんな声を出す前に、ガソリンは一瞬で引火し、目の前は瞬く間に炎でパッと明るくなった。
驚いて目を瞑って一瞬顔を背けたのだが、視線を戻すと目に入ってきたのは燃え広がる炎と、燃えている自分の右手の甲。
「うわあぁっ」と右手を懸命に払い炎を消し止める。
手の炎は消えたが、目の前には火柱を上げて火だるまになっているストーブが。
その炎はすでに、近くにあったビニール袋にまで延焼している。
火にかけていた味噌汁を炎にぶっ掛けたが、ジュウっという音がしただけで全く消えない。
「や、やばい。自転車をまず外に逃がさないと・・・」
自転車をすぐに岩小屋から出す。
取り合えずこれで最悪の事態は避けることができる。
取り合えず回りに延焼するものはなくなったが、ストーブから上がる炎は勢いが弱まる訳ではなく、ますます勢いを上げているように見える。
「こっ、これ最終的に爆発するんじゃないか?」
ボトルの中には少なくなっていたとはいえ、優に半分以上はガソリンが入っている。
ボトルの中に炎が達して引火したら・・・
幸いここは温泉、水は無限に湧き出している。
コッヘルに水を入れ、何度も往復してぶっ掛けるけれども、まさに焼け石に水状態。
プシュウウウウゥゥゥゥゥ、ッシュゴオオオオオオオオオオ!
音が変わった!?と思った瞬間、2メートル程の高さにまで火柱が上がった。
これあれだ、映画で良く見る火炎放射器だわ。
もう近づいて水を掛けることもできない。
岩小屋の外から、遠巻きに水を撒くぐらいしかできない。
それでも水を撒き続けることしかできることがない。
ほとんど諦めの気持ちで撒いていた何度目かの水が、ちょうどいい場所にヒットしたのかジュッという音共に炎が一瞬で消えた。
「や、やったのか・・・?」
恐る恐る近づいてみたが、ストーブからはまだシューッ・・・という音がして気化したガソリンが漏れ出している。
まだ危険だと判断し、しばらく放置することにした。
数十分後、プラスチックの溶けた嫌な臭いのする岩小屋に入り、近づいてみるともう音はしない。
ストーブは見るも無残な姿に変わり果てていた。
とにかくこれで山火事になる心配はなくなったため、取り合えずホッとした頃、ようやく右手の甲がズキズキ痛むことに気付いた。
痕にはなっていないが、軽度の火傷になっているらしい。
足に目をやると、すね毛が一部チリチリに焦げている。
本当に大惨事の一歩手前だったようだ、ということを、この時ようやく自覚し始めた。
人間の心理とは面白いもので、この時にまず取った行動が、温泉に入りゆっくりする、というものであった。
どうすればいいのか分からなくなり、「取り合えず温泉浸かるか」となるのが、如何にこの時に混乱していたのかが窺い知れる。
温泉に入りつつ、「この先飯はどうすればいいんだ・・・」ということを考えてみたが、一向に正解が見つからなかった。
あぁ、どうすればいいんだ?
(走行ルート:Santa Maria南西68km→Banos Termales los Naciomentos)