4000メートルの平原地帯~Pucaraまで

Aguas Calientes~Pucara
11/4 (533days)
11/4
朝の5時に起きてしっかり朝風呂を堪能し、すっかり出来上がった状態でこの日の走行をスタートする。
温泉は標高4000メートルであり、手元の地図を見るとこの道のピークは標高4470メートルとのこと。
当然スタートから上り坂であり、朝風呂で完全にだらけ切った体には相当にキツイ。
運動前の短時間のシャワーとか入浴は、適度に筋肉を温めるため良しとされているのだが、そりゃ熱い温泉に30分も浸かってたら筋肉も「あれ?後もう眠るだけじゃね?」と思うわな。
ヒイコラ上って10キロ、頂上に到着。
頂上の標識は確か標高4300メートルちょいだったように思う。
この紙地図本当に大丈夫か。
ピークを越えると当然下りが始まり、線路沿いにガンガンと標高を落としていく。
脇に通る鉄道はしっかりと稼働していて、4両編成程の客室を牽いて動いている。
標高4000メートルを越えて稼働している鉄道はかなり珍しいのではないだろうか?
ロマンというか憧れというか、アラスカ鉄道に通じるものを感じる。
標高3900メートルまで降りると、そこからはひたすらにフラットな道が続く。
標高4000メートル付近での平原など、世界中どこを探してもペルーくらいしかないのではないだろうか?
アンデス山脈で見る空は他の所の物よりも青く感じる。
その青に雲が良い具合にアクセントをつけている。
フラットで楽な道程のためいつもより余裕があり、空を
太陽の周りに薄い雲の層がまとわりついているのだろうか、円周の虹が掛かっている。
Aguas Calientes以降集落は全くなく、40キロ走ってようやく商店のある場所に辿り着き一休憩。
スタート10キロは上りだったものの、後はほぼフラット。
間違いなくペルー全行程の中で一番楽な走行区間。
この日80キロ走り、Ayaviriの町に到着。
ペルーのアンデス山脈走行において前半で80キロも走れるなんて、ここは本当にペルーなのか?
この看板見てやっぱりペルーだなと思いました。
Locro de Carneという牛肉料理。
ペルーに2か月いて初めて聞いた料理だったので食べてみた。
ペルーは煮込んだ料理が多く、これもそうで、美味しかった。
ボリビアはご飯が美味しくないという噂を聞いたので、そろそろペルー料理が食べられなくなるのが名残惜しい・・・。
支払いを終え、後半戦をスタート。
なんですが、なんですか、あの暗雲は。
今にも嵐がやってきそうな暗雲で、稲光が近くの山に落ちるのが何度も見える。
それに加えて右側から猛烈な横風が吹いてくる。
自転車乗りにとって風は天敵なのだけれども、最も厄介なのが道路側に押される横風。
向かい風や路肩側に押される風は嫌だけれども、大事故にはならない。
道路側に押されると、後ろからきた車におかまを掘られる大惨事になりかねない。
Ayaviri以降は前半と打って変わり、修行の様にただただ辛いだけの走行で写真を撮る余裕もなかった。
辛い横風地獄の果てに、この日113キロ走ってPucaraの街に到着。
入り口に牛の化け物みたいな像が置いてある。
外国でよくある変な趣味の悪い像かと思ったら、街に入ってみるとこの牛の化け物が多くの玄関上に鎮座していた。
この地域での守り神的なものなのだろうか?
今日の昼ごはんは牛だったのだが、それがばれたら袋叩きにされないだろうか?
Pucaraの街はほとんど宿場町に近く、シャッターばかり閉まっている寂れた町に過ぎない。
それでも一応遺跡があるらしく、濱さんと一緒に足を伸ばしていた。
それが20分程歩いてみても全く見つからず、「恐らくあれだろう」というのが、山の麓に階段状に作られた石垣。
流石にこれじゃあバスで一日で行ける距離にあるCuscoに全く敵わないだろう・・・
インカ帝国がありし時代には、大都市Cuscoの勢力に圧されつつも、「牛を食べるなんてとんでもない!」とその大勢力に臆せず大規模デモでもしてたのだろうと考えると、この何もない街にも思い入れが湧くってものです。
絶対そんな歴史なかっただろうけど。
(走行ルート:Aguas Calientes→Pucara)
最高。写真と文章です。異次元世界です。