【世界遺産】ソチミルコのトラヒネラ~Mexico City編④~

Xochimilco(ソチミルコ)
2017/1/20 (245days)
ソチミルコはアステカ以来の伝統を色濃く残す町で、メキシコシティの巨大化で完全にその一部となった現在も独特の雰囲気を残す。
ソチミルコの運河を行くトラヒネラと呼ばれる小舟はかつてメキシコ盆地内の重要な交通手段であったが、現在では観光資源となり多くの観光客を乗せている。
1944年に大ヒットしたメキシコ映画『マリア・カンデラリア』(María Candelaria)をはじめとする様々な映画が、トラヒネラが行き交いチナンパ(沼の上に浮かぶ農地)の上に花が咲き乱れるロマンチックな土地としてソチミルコを描いてきた。
スペイン語ではソチミルコ([sotʃiˈmilko])と発音されるが、ナワトル語ではショチミルコ([ʃoːtʃiˈmiːɬko])となる。
2017年1月中旬にメキシコシティにて滞在した際、友人のAlbertoとSayuri達にXochimilco(ソチミルコ)という町に連れて行ってもらった。
遥か昔、アステカ文明が栄華を誇っていた時代、現在のメキシコシティがある盆地には、ソチミルコ湖という巨大な湖があったという。
メキシコシティ周辺におけるアステカ文明は、その湖を拠点に勢力を拡大していた。
そして湖から派生していた運河は、当時の超重要な交通手段であり、物流拠点でもあった。
現在はその湖は失われてしまったが、ソチミルコの町を流れる運河は残されており、その歴史的価値から世界遺産に登録されている。
現在のソチミルコの運河には、トラヒネラと呼ばれる運河を流れる小舟が運行され、多数の観光客でにぎわっている。
船着き場には大量のトラヒネラが、所狭しと並べられている。
あまりにも隙間なく並べられている様は、映画「風の谷のナウシカ」(※1984年公開・トップクラフト制作)の後半でオームがキツキツに集まっている場面を思い出させる。
トラヒネラには一台ずつに名前が付けられており、装飾も若干違っていたりする。
いざ川下りをする際には、当然一番手前の舟は後ろの舟が詰まって運河に出られない。
そのため、いくつかの舟を跨いで一番運河近くに停泊している舟まで行く必要がある。
トラヒネラには船頭が一人つき、長い木のオールによる手漕ぎで運河をゆっくりと進んでいく。(※冒頭一枚目の写真参照)
いざ出航してみると、運河上には無数のトラヒネラが無数に行き交いしている。
余りにも多くの舟が運河を行き交うため、その様は映画「風の谷のナウシカ」(※1984年公開・トップクラフト制作)の後半でオームがキツキツに集まっている場面を思い出させる。
その余りの多さに、時にはトラヒネラ同士が衝突することもあるのだが、船頭やメキシコ人達は衝突しようが特に気にすることもなく、平然としている。
私などは、衝撃に備えて必死に支柱を掴んだり、机に置いてある飲み物を倒れないように手で押さえたりとやきもきしていたのだが・・・。
運河観光を楽しんでいると、時々一人乗りのトラヒネラですいすいと他の舟の間を抜けて物を売る物を見かけることができた。
土産や飲み物がメインなのだが、中には舟の上でコンロで火を起こして食事を作っている売り子もあり、びっくりした。
トラヒネラ観光は外国からの観光客向けなのかと思いきや、地元メキシコ人にとっても身近で特別な存在だと、Albertoから聞いた。
週末になると、大学生くらいの若者たちは団体でトラヒネラを貸し切り、舟に大型スピーカーを載せて飲めや歌えや踊れやの大騒ぎをするのだ、とAlbertoは自身の体験を交えて語ってくれた。
事実、この日も飲めや歌えや踊れやの大騒ぎが、運河上で繰り広げられていた。
余りにも多くの人数が一台のトラヒネラに乗るものだから、我々の乗っている舟よりも大分沈み込んでいる。
トラヒネラから若者が零れ落ちそうになっているその様は、映画「風の谷のナウシカ」(※1984年公開・トップクラフト制作)の後半でオームがキツキツに集まっている場面を思い出させる。
運河は一定のポイントに到着すれば、折り返してまた元の船着き場へと戻っていく。
我々が乗り始めた頃はもう夕方時分であったため、船着き場に戻るまでにはもう運河には夕闇が訪れはじめていた。
およそ1時間半程の観光であったろうか、日本の屋形船なんかとはまた違った風情があり、非常に面白かった。
メキシコシティを訪れる方がいれば、ぜひとも足を延ばしてもらいたいスポットである。