Antiguaスペイン語留学とSemana Santa

Antigua
4/4~5/3 (319~348days)

1492年にCristoforo Colombo(クリストファー・コロンブス)の手によって新大陸として発見されたことにより、歴史の表舞台に上がったアメリカ大陸。
以降、コンキスタドール達(=スペイン人、征服者)は中南米においてインディアン達の征服と従属化、文明の破壊、略奪を行い、長きに渡り植民地として支配下に治めた。
そうした支配行為の中の一つに、強制改宗ということも行われた。

侵略後、スペイン人は数々の植民市を建設し、それぞれの中心部には必ずカトリックの大聖堂が設置された。
(ブログ記事ZacatecasGuadalajaraMorelia等を参照)
メキシコ人の友人曰く、改宗が行われる過程において、聖教者にあたるインディアン達の知識層が大聖堂の前の広場にて大粛清されたという言い伝えがあるらしい。(※真偽は不明)
こうしてインディアン達は土着の信仰を捨てさせられ、カトリックへと強制的に改宗されたという。

こうした歴史に対する是非はさておき、現在ではキリスト教(当初はほぼ9割以上がカトリック宗派であったが、現在はプロテスタント宗派も3割程存在しているので、こう記述する。)はここまで私が通過してきた中米の国において人々の暮らしに深く根付き、厚く信仰されている。
(写真はAntiguaにあるIglesia La Merced)
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今回は、Antiguaでの留学生活と、中南米に根付いたキリスト教の文化について触れていく。



さて、Antiguaに着いた私は、到着した3日後にはスペイン語学校に入学し、4日目にはグアテマラ人の家にホームステイをすることとなった。

これは私の個人的な考えであるが、やはり異国に旅行をする以上、旅行者は現地で使用されている言語を話すべきであると思っている。
一つには現地の人々との会話が可能になり、旅行の楽しみ方の幅が広がるという旅行者目線から見た利益と、二つには現地の人々に対する最低限の礼儀ではないか、というのが私の考えである。
さらに付け加えるならば、異国に来た以上はお邪魔させてもらっている立場であり、旅行者が現地の言葉を自ら学んでそれを話すという姿勢を示さなければ、現地の人々に対する尊敬に欠ける、といったところだろうか。

今まで私が通過して来た国が英語圏とスペイン語圏という、世界で最も多く話されている言語の2つであるから通じる考えであり、少数民族やニッチな言語に出会った際に、上述のような偉そうなことを言い続けられるかは甚だ疑問ではあるが・・・。

とにかく、この旅行前からAntiguaでのスペイン語留学は既に決めていたのだが、メキシコからスペイン語圏に突入した際に上述の二つ目、「現地人に対する礼儀」という考えが私の中で大きくなっていた。

学校は日本人が多く入学する、Antiguaでも格安のCanoという学校に私も入学し、ここで3週間スペイン語を学んだ。
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スペイン語という言語は日本人にとっては簡単(発音がローマ字読みそのままでよいため)と言われているが、私にとっては中々難しく、初めの内は上達しない自分にイラつきと焦りを感じた。
その焦りを埋めるために、ホームステイ先では出される宿題と、自習を必死にこなした。
ホームステイ先のママも非常に優しく、毎回の食事の食卓に着いてくれ、私の会話の練習に付き合ってくれた。
その甲斐あってか、学校を終える頃には何となく会話と、話されている内容を理解はできるようになった。

3週間の学校生活を終えたものの、日本から自転車のパーツが到着するのを待つため、私はまだAntiguaに滞在する必要があった。
その待っている時間が勿体なく、どうすればスペイン語の勉強を効率よく学べるかと考えた末、やはり会話をすることが一番であるということに落ち着いた。
そこで自転車に乗って公園へと行き、「Quiero practicar Español. Habla conmigo por favor! (スペイン語の練習がしたいです。私と話して下さい!)」という紙を持って立ってみた。

はじめは一日に4、5人と数分程度の会話をすることができれば良いぐらいに考えていたのだが、Guatemalaの人々は非常に優しく、多くの人々が足を止め、声を掛けてくれた。
一度に20人程に囲まれた時には、流石にびっくりしたことものである。
毎日この会話レッスン(?)を公園で続けることで、徐々に会話にも慣れてきた。
この記事を作成している時もまだAntiguaに滞在しており、もちろん継続している。
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スペイン語学校のCanoには、私と同じ日に入学した2人の日本人旅行者の方がおり、その二方には非常に仲良くして頂いた。
学校の休みの日には一緒にVolcan de Pacaya(パカヤ火山・標高2552m)へと登り、バーで杯を交わすなど、楽しい日々を過ごした。
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こうして学校での生活を楽しんでいる間、Antiguaの街はどこか忙しなく、日が経つに連れ人の数と喧騒は増していった。

というのも、私がAntiguaに到着したのは4月初旬。
冒頭で触れた通り、中南米ではキリスト教が厚く信仰されており、グアテマラも御多分に漏れない。
そしてキリスト教の行事として、一年でも最も重要とされているのが復活祭(イースター)。
復活祭は移動祝日であり、毎年日付が変わるのだが、2017年は4月16日であった。
そして、復活祭の日手前の一週間はSemana Santa(セマナ・サンタ、聖週間)と呼ばれており、復活祭と合わせてこの一週間はキリスト教徒にとって非常に重要な意味を持っている。

そのSemana Santaと復活祭をAntiguaで過ごすため、グアテマラはもちろん、世界中から人々が集まることで、この小さな町に喧騒がもたらされたのだ。

Semana Santaの間、教会ではキリストとマリアの像の前に野菜や果物が供えられ、その野菜たちは美しいグラデーションを成して飾り立てられている。
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そして石畳の道にはいたるところに花絨毯と呼ばれる、おが屑のようなもので作られた美しい絨毯が地元住民達の手によって造られる。
これは、レストランやホテル、また各個人の家といった単位で造られているようで、それぞれに個性があり非常に興味深いものとなっている。
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こうして町は人々の手によって着飾られ、教会からは毎日Proceción(プロセシオン、聖行進)が出発し、何人もの人々が一緒になって棺を担ぎAntiguaの街中を何時間も歩き続ける。
多くの人々は紫の装束で身を纏い、何人かはランタンの様な物を手に持ち、香を焚いている。
そのため、Proceciónが通過する道はもの凄い人混みと煙に包まれ、すぐ先の視界まで見通せなくなる程。
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Proceciónには楽団も着いて歩き、悲しげな音楽を奏でている。
Semana Santaとは受難週とも呼ばれており、キリストが受けた受難を想い悔い改めるものであるため、決して楽しい祭りではない。
そのため、棺を背負う人々の顔は晴れたものではなく、どことなく悲しげな顔をしている。
そもそも物理的に棺が重いというともあるだろうが・・・。
というのも、大きな物になれば大の大人が40人程で担いでやっとゆっくりと動くことができる程巨大なのだ。
それを朝から晩まで担ぎ続けるのだから、眉間が険しくなるのも当然か。
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こうしてSemana Santaの一週間が終わり、4月16日の復活祭を迎える。
Semana Santaと変わらずProceciónが行われ、旅行者視点からは何が変わったのかは分からないが、棺が通過する時に爆竹や紙吹雪が投げられ、悲しい雰囲気から一転キリストの復活が祝われる。
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復活祭が終わった後は旅行者が去り、あれだけの喧騒が嘘の様にAntiguaに静けさが戻り、落ち着きを取り戻した。

Semana Santa以降も私の学校生活は続き、ホームステイ先には日本人自転車旅行者の濱尾さんをはじめ他の日本人の方も滞在するようになり、スペイン語留学に来たのに日本語を話すという本末転倒ながら楽しい生活を送ることができた。

スペイン語学校を終えた現在もホームステイ先で滞在をしており、前述したように夕方頃に公園に行き、グアテマラ人と話してもらい、グアテマラ名物のコーヒーなんかをカフェで啜ったりしている。
もう1か月以上自転車旅行から離れているのだが、この至って普通日常から無事に再出発できるのか、今から非常に不安でもあり、出発時に感じるであろう不安感を心待ちにする日々を送っている。
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コメント

  1. 素晴らしい。文章です。写真です。今後も期待です。

kotoh360@yahoo.co.jp にコメントする コメントをキャンセル

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